【本日のお手伝いさん】
本日はキャリアも8年程あるバーテンダー がシフト入りしています!
彼は7年も前からネマニャで働きたいと言ってくれている人で、本日念願の叶ってスーパー・ヘルプで来てもらってます^ ^
ご存知のお客様も多いのではないでしょうか?
ダブル台風の影響で雨風が強い本日でしたが、もう通過したでしょうか?
今夜は、くれぐれもお気をつけてお過ごしください。
【一般社団法人 全日本フレア・バーテンダーズ協会(ANFA)名誉会長】 【アジア・バーテンダーズ協会(ABA)相談役】 【フェルディナンズ・ジャパン・ブランド・アンバサダー】 【特許取得 日本初のノンアルコールジンNEMA0.00%創業者・開発者】 カクテルバー・ネマニャ・北條智之のブログです。
【本日のお手伝いさん】
本日はキャリアも8年程あるバーテンダー がシフト入りしています!
彼は7年も前からネマニャで働きたいと言ってくれている人で、本日念願の叶ってスーパー・ヘルプで来てもらってます^ ^
ご存知のお客様も多いのではないでしょうか?
ダブル台風の影響で雨風が強い本日でしたが、もう通過したでしょうか?
今夜は、くれぐれもお気をつけてお過ごしください。
戦前の著名なバーテンダー大阪 登章 氏のお話し。
大阪 登章(おおさか たかあき)
1889年生まれ。
1905年 (明治38年)に16歳で東京オリエンタルホテルに入社。
その後、神戸の東亜ホテルに勤める。
1919年に帝国ホテルのチーフ・バーテンダーとなる。
1922年4月16日、帝国ホテルの初代本館は、地下室からの出火による火災で全焼となる。
帝国ホテルは、被害を免れた一部の施設を利用して営業を再開します。
1923年7月に帝国ホテル2代目本館・通称ライト館完成。完成を記念した9月1日の落成披露宴の当日に関東大震災が発生。ライト館は倒壊を免れ、その後の火事でも無事で被害は少なかったと言われます。
帝国ホテルのシグネチャー・カクテルとして長く親しまれている「マウント・フジ」は、2代目本館が完成後に考案されたと推測されます。
世界一周旅行のクルーズ船で欧米の一行が来日した際に帝国ホテルで行われた祝賀パーティーのウェルカムカクテルとして考案されたと言われます。
ウェルカム・カクテルは当時、帝国ホテルの常務であった山口 正造 氏がチーフバーテンダーの大阪 氏に依頼して創作されたと考えられています。
山口 正造 氏は、富士屋ホテルの専務取締役でしたが、失火直後の1922年6月から帝国ホテルの支配人として一時的に着任し、1925年まで常務として務められた方です。
大阪 氏は、帝国ホテルを辞めた後は、丸ビルの東洋軒でチーフ・バーテンダー、華族会館でもチーフ、戦前日本軍が接収していたマニラ・ホテルでもチーフを歴任する。
1920年代後半には、横浜市中区伊勢佐木町二丁目の横濱バー・パリジヤンに所蔵していたことが解っている。
1929年には、大阪 登章 氏著のカクテル本も出版される。
この本に「マウント・フジ」のレシピ掲載は無いですが、「ミリオンダラー」と「ヨコハマ」が掲載されており、1920年代には日本にはあったことも確認ができる。
また1929年は、日本バーテンダー協会(J.B.A)誕生し、発起人15名の1人として名を連ねます。
やまがた紅王(べにおう)」が入荷しました。
「佐藤錦」「紅秀峰」に続く山形のさくらんぼとして期待されているとのこと。
甘さと酸味のバランスが素晴らしく、とても美味しいです。
おすすめカクテルは【やまがた紅王のフローズン・ピスコ・サワー】です。旬の美味しさを是非お試しください。
さくらんぼも添えてご提供します。
旬の美味しさを是非お試しください