【本日のお手伝いさん】
本日は将来BAR開業を目指す佐野氏がシフト入りしています!
彼は家内公認の珍しい 北條智之ファンでもあります^ ^
皆様、温かい目でお手柔らかにお願いいたします^ ^
ご来店お待ちしております!
【一般社団法人 全日本フレア・バーテンダーズ協会(ANFA)名誉会長】 【アジア・バーテンダーズ協会(ABA)相談役】 【フェルディナンズ・ジャパン・ブランド・アンバサダー】 【特許取得 日本初のノンアルコールジンNEMA0.00%創業者・開発者】 カクテルバー・ネマニャ・北條智之のブログです。
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熊本県の高級ブランドメロン「肥後グリーン」が入荷しております。
糖度が高く、皮のギリギリまでジューシーな翡翠色のメロンです。
●おすすめカクテルは【肥後グリーンのメネフネ・ジュース】です。
メネフネジュースは、1970年代初頭にトレーダー・ヴィックスが開発したマイタイのバリエーションで,ベースをホワイト・ラムに変更したものです。
メネフネは、ハワイの伝説上の小人族で、力持ちで手先が器用、そして働き者。カウアイ島がメネフネ伝説の本拠地として知られ、ハワイ諸島各地に彼らが作ったとされる史跡が残っているといわれます。
トレーダー・ヴィックスのメネフネ・ジュースは以下で紹介されています。
MENEHUNE JUICE
1 lime
½ ounce orange curaçao
¼ ounce rock candy syrup
¼ ounce orgeat syrup
2 ounces Trader Vic light Puerto Rican rum
Squeeze lime juice over shaved ice in a mai tai (double old fashioned) glass; save one shell. Add remaining ingredients and enough shaved ice to fill glass. Hand shake. Decorate with one spent lime shell, fresh mint, and a menehune.
紹介の「肥後グリーンのメネフネ・ジュース」は,ホワイト・ラム、肥後グリーン、グランマニエ、アーモンド・シロップ、ライム・ジュースで作ります。
是非お試しくださいませ!
楽しみにしていた枇杷が届きました!
谷芝農園さんの「房州温室びわ」4Lサイズの大玉 秀品です。
ペアリングのおすすめカクテルは【ハーフ&ハーフ】です。
ヴェルモットロッソ、ドライを半々にしたロック・スタイルのカクテルで、1956年に馬田浩二 氏が考案したと言われています。
モスカテルワイン樽熟成のフェルディナンズ・レッド・ヴェルモットとシュペトレーゼワイン樽熟成のフェルディナンズ・ホワイト・ヴェルモットのハーフ&ハーフで提供しております。
美味しい枇杷とご一緒に是非!
本日5月13日はか「カクテルの日」!
横浜で誕生したとされるカクテル「チェリー・ブロッサム」を紹介いたします。
横浜のカクテルバー・パリの田尾多三郎 様が1923年12月頃に考案と伝わります。
田尾多三郎 様は、1893年の生まれ。
田尾 様は、大正時代に貿易会社の南米アルゼンチン支社長として活躍し、帰国後の1923年の関東大震災の後に伊勢佐木町で「カフェ・ド・パリ」を開店。
カフェ・ド・パリの初代チーフ バーテンダーは、東洋汽船外国航路のキャビンバーテンダーで日本バーテンダー協会創立発起人15人の1人となる高橋 徳兵衛 氏でした。
1945年5月に空襲で焼失となりますが、戦後は野毛山に移転し、1963年には現在の常盤町に移転する。
チェリー・ブロッサムは、お店がオープンしたばかりで社交場として一番華やかだった戦前のカフェ・ド・パリ時代にカナディアン・クラブのキャンペーンをきっかけに創作したもので、1927年の世界大会で優勝した作品であることを田尾多三郎 様の奥様の幸子 様から聞いた事があります。
日本バーテンダー協会(JBA)が、1929年(昭和4年)に設立されたとので、JBAからの日本代表としてIBA世界大会に出場したのではないとなると、1972年の世界大会とは何の大会であったかは不明です。
カクテルバー・パリのチェリー・ブロッサムのレシピは、カナディアン・クラブにピーター・ヒーリング、チンザノ・ロッソ、レモン・ジュース、マラスキーノをシェークしたショート・カクテルで、デコレーションにレッド・チェリーを沈めます。
世界的に知られるブランデー・ベースのチェリーブロッサムは、1930年に出版されたロンドン・サボイホテルのカクテル本からレシピが変えられたと伝えられてきました。
しかしそれは、田尾 様が起源のものではなく、ヨーロッパで誕生したものと思われます。
フランスで1900年4月に発行されたフランク・ニューマン氏のカクテル本「1900-American-Bar Boissons Anglaises et Americaines」に現在一般的に知られているブランデー・ベースのチェリー・ブロッサムのレシピが掲載されていました!
(2020年5月14日に当ブログでも紹介)↓
catman.bar-nemanja.com/2020/05/1900.html?m=1
おそらく先にブランデー・ベースのチェリー・ブロッサムが考案されており、後にカフェ・ド・パリが同名でカナディアン・ウィスキー・ベースのチェリー・ブロッサムが考案されたと推測します。
また1933年のカクテル本「Odell's book of Cocktails and Fancy Drinks」に2つのチェリーブロッサムが掲載されています。
そこにはチェリー・ブランデー、フレンチ・ヴェルモット同量、ピーチビターがダッシュというレシピと、もう一つはチェリー・ブロッサム・カクテル(Mr. Tao's Formula)と書かれるものが掲載されています。Tao'sレシピは、カナディアン・クラブ、チェリーブランデー、イタリアン・ヴェルモットが同量、マラスキーノがダッシュとなっています。
掲載のレシピは完全なものではないのですが、かなり近いもので書かれています。
また田尾多三郎 様の最後の創作カクテルは「ブルー・ライト・ヨコハマ」で、1968年12月に考案したもの。
ウォッカ1/2、ブルーキュラソー1/4、レモンジュース1/4をシェークしたショート・カクテルで、レッド・チェリーが沈みます。
田尾多三郎 様は1971年に他界となりました。
湘南で農薬や肥料を無使用の旬なオーガニック野菜を生産しているFrom the Fieldさんのエディブルフラワー「コーンフラワー」をお届けいただきました。
今週はスタンダード・カクテル「AVIATION / アビエーション」にコーンフラワーを浮かべて提供させていただいております^ ^
アビエーション・カクテルは、昔はロンドン生まれと推測されていました。
このカクテル名は、1914年のカクテル本「Drinks by Jacques Straub」に既に登場しており、レシピは現在でいう「Pan American Clipper / パン・アメリカン・クリッパー」と同じである。パン・アメリカン航空のパイロットのノートから出てきたレシピで、飛行機関連なところが面白いです。
1916年のHugo Richard Ensslin(ヒューゴ・R・エンスリン)氏の著書「Recipes for Mixed Drinks」が発掘されたことでグローバルに作られるアビエーションは、アメリカで生まれたカクテルあることが解ってきました。アビエーションのレシピの最初の印刷は、この本からではないかと言われます。
ヒューゴ・R・エンスリン氏は、ドイツ出身でニューヨークのWallick Hotelでヘッドバーテンダーを勤めていたようです。
Recipes for Mixed Drinksに掲載されているアビエーションは以下です。
エルバート・ロンドン・ドライ・ジン 2/3
レモン・ジュース 1/3
マラスキーノ 2ダッシュ
クレーム・ド・ヴァイオレット 2ダッシュ
をシェークしてカクテル・グラスに注ぐというレシピです。
日本でよく作られているカクテル「ブルー・ムーン」の原型はアビエーションだったのかもしれないと想像します。
カクテル名は、1916年にイギリス空軍向けに航空機を設計・製造をしていた航空機メーカーの Sopwith Aviation Company が開発した戦闘機ソッピース・パップが2月に、ソッピース・トライプレーンが5月28日に初飛行した年でもあり、それと関係があるかもしれません。
1930年に発行された有名な「Savoy Cocktail Book」では、クレーム・ド・ヴィオレットを省略したため、長い間このカクテルにフローラルさが無くなり、白色で提供されてきました。
ヒューゴ・R・エンスリン氏は、1879年2月にドイツで生まれます。
アメリカへ渡る前、エンスリン氏は画家と写真家の見習いをしており、その経験がエンスリン氏のカクテル創作スキルの基礎となったともいわれます。
16歳で、単身アメリカへ。
ハーレムのフィフス・アベニュー2013番地に長年住み、仕事は主にキャッシャーとしてレジ系で働いて、その後オハイオ州に移り、ドイツに戻りますが、数年後にはニューヨークに戻ります。
1907年7月2日にマンハッタンでMargaret J Quigley氏と結婚。二人の間にはHomerという息子が生まれる。
Wallick Hotelではヘッド・バーテンダーとして活躍し、アメリカで名高いバーテンダーとなります。またエルバート・ロンドン・ドライ・ジンの熱烈な支持者でもあり、アヴィエーションのベースに使用していました。
当時はそれほど影響力のあるカクテル本ではなかった「Recipes for Mixed Drinks」は、エンスリン氏の自費出版で、1916年に初版、1917年に第2版が刊行されました。
第一次世界大戦がはじまると、エンスリン氏は生まれ故郷ドイツに感銘を受けておらず、アメリカの参戦が決まると、アメリカ側に志願。
その後、ペンシルベニア州ウィルクス・バールに移り、スターリング・ホテルのレストランを経営。
ヒューゴ・エンスリン氏は、1929年1月2日にペンシルベニア州ルザーンにて49歳で亡くなりました。
ネマニャの小庭で育てているローズヨコハマが開花する季節になりました^ ^
おすすめカクテルは【ローズヨコハマのホワイト・ローズ】です。
1916年発行のHugo Ensslin氏の著書「 Recipes for Mixed Drinks」に掲載されているカクテル。
今回のレシピは、横浜ベイ・ジン、マラスキーノ、薔薇の氣水、オレンジ・ジュース、レモン・ジュース、卵白で作り、ローズヨコハマを浮かべます✨
今が旬のカクテル、是非お試しください
おすすめカクテル【プリンスメロンのメロン・スペシャル】
メロン・スペシャルは、1966年に開催された全日本バーテンダー協会カクテルコンペティションの優勝作品。創作者は図師健一 氏。
ドライ・ジン、ミドリ・メロン・リキュール、ライム・コーディアル、オレンジ・ビターズで作るカクテルです。
今回のおすすめは長崎県産のプリンス・メロンを加えたアレンジです。
是非お試しくださいませ!
先日、お客様との会話の中で、吉川晃司さんの名曲「LA VIE EN ROSE」の歌詞に登場する"エメラルドのカクテル"は何カクテルなんでしょうね?と話題にしておりました。
1984年9月にリースされた曲で、同名のアルバム「LA VIE EN ROSE」が10月に発売されており、アルバムにはエメラルドのカクテルが写る。
緑色のカクテルは沢山ありますが、1980年代に日本で流行していたショートのカクテルですと、「青い珊瑚礁」、「アラウンド・ザ・ワールド」、「カルーソー」あたりですが、LA VIE EN ROSEの歌詞の中で「エメラルドのカクテルに消える光のあわ」と歌われていることからシェークによる気泡が表現されています。またアルバムの写真からデコレーションは無し。カルーソーはステアで作成するもので、青い珊瑚礁はガーニッシュがあります。
歌詞からみるシェーク、アルバムの写真からみるガーニッシュ無しのショートであれば、アラウンド・ザ・ワールドであったのではと推測します。
アラウンド・ザ・ワールドが誕生した時代にミント・チェリーは販売されておらず、発祥とされるアメリカには緑色のチェリーがそもそも無かったと思われます。
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●History of Around the Word
アラウンド・ザ・ワールドはいつ誕生したカクテルなのか?
それは、アメリカの飛行機が世界一周したことで記念して行われた大会で登場したカクテルとのこと。
1924年、アメリカ陸軍航空部が4万4342キロを175日かけ、初の航空機による世界一周を達成。アメリカの飛行機が世界一周したことは話題となり,その年に成功を記念してカクテル・コンペティションが開催され、優勝作品が「Around The World」であったといわれています。
この時代ですとアメリカは禁酒時代。
大会の開催場所は特定出来ておりませんが、アメリカではなく、禁酒法から逃れてきたアメリカ人バーテンダー達が聖地にしていたパリやロンドンなどヨーロッパのどこか、もしくはキューバ?で開催された可能性も考えられます。とくにパリでは非公式にカクテル・コンペティションがいくつか行われていた頃。
アラウンド・ザ・ワールドに、フランスのミント・リキュール「GET 27」が使用されていたとしたら、パリでの大会だったからなのかな?とも想像します。
一説によると1947年のパンアメリカン航空が世界一周の運航を開始した際に開催されたカクテル・コンペティションで登場した作品ともいわれておりますが、それは違うと思われます。
何故ならば1932年発行のカクテル本「Sloppy Joe’s Cocktails Manual 」に登場しているからです。
やはりアメリカ禁酒時代に誕生しているのだろうか?
上は翌年発行の同書で、パイナップル・ジュースの量が2倍に増えています。
どうやらキューバの Sloppy Joe's Bar Havana (ハバナのズルエタ通りとアニマス通りの角)の名物カクテルの一つであったようです。
キューバ発祥のカクテルの可能性もありますね。
チリ産の赤葡萄「レッドグローブ」が入荷しております。
種ありですが、皮ごと食べれるタイプで、大粒でマイルドな甘さ。
おすすめはカクテルは【レッドグローブのアン・シェリダン】です。
ホワイト・ラム、レッドグローブ、グランマニエ、ライム・ジュースで作ります。
是非お試しくださいませ!
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●History of Ann Sheridan Cocktail
アン・シェリダンは、1940年代には登場している様で、1946年に出版されたLucius Beebe著のカクテル本「The Stork Club Bar Book」に掲載されており、Cub Roomのウェイター・キャプテンのHarry Kaye氏が考案者であることも書かれています。
バカルディ・ホワイト 20ml
オレンジ・キュラソー 10ml
フレッシュ・ライム・ジュース 1/2個分
レシピのライム・ジュースは1/2個分絞り皮ごとシェーカーに入れるというのも面白いですね。
発祥とされるCub Roomは、ニューヨークの伝説的なナイトクラブ「Stork Club」内にあったVIP専用ルームです。
当時最も排他的でステータスの高かったスペースで毎晩セレブ達で賑わっていたと言われています。
先日、二宮の山で春の七草「御形(ゴギョウ)」を摘み取らせていただきました。
花からはほのかに柚子のような香りがいたします。
今回、御形をアブサンに漬け込み、御形のアブサンを仕込みました。
おすすめカクテルは【御形のフォース・ディグリー】です。
是非お試しくださいませ!
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History of Fourth Degree
フォース・ディグリー・カクテルは、1914年のJacques Straub's氏の著書『ドリンクス』に、ジンを含まないアブサン・ベースのカクテルとして登場しており、別名「Feather Cocktai(フェザー・カクテル)」とも呼ばれていました。
1920年代初頭までには、このカクテルにジンが含まれるようになり、1922年の「Harry's ABC of Mixing Cocktails」や、1923年の著書「Harry of Ciro's ABC of Mixing Cocktails」でも掲載されジン、フレンチベルモット、イタリアンベルモットをそれぞれ1/3ずつにアブサンを4ダッシュが加わる。
別名は他にも「Fourth Estate(フォース・エステート)」や「Fourth Degree Martini(フォース・ディグリー・マテーニ)」とも呼ばれます。
先日お客様から面白い資料をご提供いただきました。1926年3月1日発行の「夜の横濱」 のページ一部のコピーです。
そこには横浜のカフェ・ド・パリ(現在、関内にあるカクテルバー・パリ」でフォース・ディグリーを飲みながらオリーブを食べている様子が書かれています。
1920年代前半に横浜でも流行していたカクテルかも知れませんね^ ^
オーストラリア産の葡萄「スウィート・サフィイア」が入荷しております。
細長く、種無し、サクサクした食感で皮ごと食べれる爽やかな葡萄です。
おすすめは【スウィート・サフィイアのブランデー・クラスタ】です。
ブランデー・クラスタは、1850年代にニューオーリンズで活躍していたイタリア・トリエステ出身のバーテンダー、Joseph Santini(ジョセフ・サンティーニ)によって考案されたカクテルで、サイドカーはこのカクテルから派生したものと考えられており、アメリカではシュガー・リムして提供されるサイドカーもある。
1850年頃、ジョセフ・サンティーニ氏が、ニューオーリンズのフレンチクォーターの中心部にあるバー兼レストラン「Jewel of the South」の経営を引き継ぎ、そこで斬新なスタイルを取り入れた、おしゃれなカクテル「クラスタ」を考案したと言われています。
ジョセフ・サンティーニ氏は、1869年1月まで Jewel of the South 経営し引退しています。
写真下がJoseph Santini氏。
現在ニューオリンズで営業しているJewel of the Southは、2019年3月に新たに創業したもので、以前あった歴史的なレストラン・バーに敬意を表して設立されており、ブランデー・クラスタも昔のレシピで再現しているようです。コニャック、ドライ・キュラソー、マラスキーノ、レモン・ジュース、アンゴスチュラ・ビターズで作られています。
今回のネマニャのおすすめのレシピは、コニャック、マラスキーノ、スイート・サファイア、レモン・ジュース、アンゴスチュラ・ビターズで作り、グラスの縁にシュガーリムしています。
春らしい色で、ほのかに梅を思わす様な香りがするブランデー・クラスタとなります。
是非お試しくださいませ!
おすすめカクテル【ボリジのガストウ】
湘南で農薬や肥料を無使用の旬なオーガニック野菜を生産しているフロムザフィールドさんのエディブルフラワー「ボリジ」を摘み取らせていただきました。
若葉はきゅうりのような爽やかな風味があり、サラダにも使われています。ボリジの花は砂糖漬けなどにもされることをヒントにライム・コーディアルを作ってみました。キウイ似た香りに仕上がりました^ ^
カクテルは1968年に開催された横浜明治100年記念カクテル・コンペティションのアマチュアの部で優勝作品「ガストウ」を少しアレンジしたカクテル。
レシピは、ウォッカ、パルフェタムール、ホワイト・キュラソー、ボリジのライム・コーディアルです。
是非お試しくださいませ!
本日は831年には登場している【花見酒】の紹介です。
桜の花が咲く頃に行われる花見酒。
サクラの「サ」は田の神、「クラ」には神座の意味があり、桜は「田の神が宿る木」と信じられていました。
神力を体内に取り込むことと、桜の木の下で豊作祈願の儀礼を行うことを目的としたものが花見酒の起源とされています。
花見酒は、天長8年(831年)から、嵯峨天皇主催で花見の宴が毎年行われるようになったと言われています。
花見酒は、日本酒の盃に桜の花びらを浮かべた酒のことでもあり、桜の生命力や神気をお酒に移し、神の霊力を体に取り込み、縁を結ぶという考えが花見酒の背景にあるそうです。
写真上は花札の花見酒。
とても有名になった花見酒の話は、1594年(文禄3年)の2月27日(旧暦なので現在で言うと4月17日頃)に豊臣秀吉が行った「吉野の花見」が知られます。5日間にも及び、約5000人が桜と宴を楽しんと言われ、その中には、徳川家康や前田利家、伊達政宗も参加したと伝わります。
慶長3年(1598年)には京都の醍醐寺で秀吉が行った「醍醐の花見」には、約1300人が参加したと言われており、こちらも有名な花見酒となりました。
カクテルバー・ネマニャでは、大島桜を浸漬して作った自家製桜リキュールをご用意しております。日本酒をベースに少量の桜リキュールを加えた「花見酒」もおすすめしております。
花見酒を是非お試しくださいませ!
本日は大正時代に考案されたカクテル【Prince Chichibu Cocktail / プリンス・チチブ・コクテール 】の紹介です。
1929年の秋山料理研究所の第4版となる「コクテール混合酒調合法」に掲載されるカクテルで、著者で宮内省(宮内庁)で主厨長であった秋山徳蔵 氏考案。
写真上は秋山徳蔵 氏。
秩父宮雍仁親王殿下にちなんで名付けられたもので、1926年に秩父宮雍仁親王殿下がスイス・アルプス山脈を代表する名峰マッターホルンに登頂され、日本山岳会やスキー連盟の総裁などを務められた功績もあり、国民から親しみを持って通称「山の宮様/プリンス・チチブ」で呼ばれました。カクテルはこの時期に考案されたと推測しています。
写真下2枚は、秩父宮雍仁親王殿下。
「Prince Chichibu Cocktail」レシピは以下です。
ドライ・ジン 1/2
ホワイト・キュラソー 1/4
チェリー・ブランデー 1/4
オレンジ・ジュース 2tsp
オレンジ・ビターズ 1ダッシュ
アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュ
シェークして、ソーサー型シャンパン・グラスに注ぎ、オレンジ・スライス一枚を浮かべる。
別名「ヤング・プリンス・コクテール 」とも呼ばれていました。ヤング・プリンスは、殿下が1925年~1928年にイギリスのオックスフォード大学モードリン・カレッジに留学していた際に呼ばるていた愛称です。
また新しいスポーツや文化に熱心であったことから「Sporting Prince」としても知られ、帰国後は日本でラグビーやスキーを広めるなど「スポーツの宮様」としてスポーツ振興に尽力されました。
プリンス・チチブ・コクテール是非お試しください!