台北の本格杭州料理の名店「天香楼(ティエンシャンロウ)」様で開催される特別なペアリングイベントへの出演が決定いたしました。
ミシュラン星付きの極上な美食とティー・カクテルのペアリングをお届けいたします。
特別なランチを皆様とご一緒できることを、心より楽しみにしております。
【一般社団法人 全日本フレア・バーテンダーズ協会(ANFA)名誉会長】 【アジア・バーテンダーズ協会(ABA)相談役】 【フェルディナンズ・ジャパン・ブランド・アンバサダー】 【特許取得 日本初のノンアルコールジンNEMA0.00%創業者・開発者】 カクテルバー・ネマニャ・北條智之のブログです。
台北の本格杭州料理の名店「天香楼(ティエンシャンロウ)」様で開催される特別なペアリングイベントへの出演が決定いたしました。
ミシュラン星付きの極上な美食とティー・カクテルのペアリングをお届けいたします。
特別なランチを皆様とご一緒できることを、心より楽しみにしております。
2026年8月26日(水)、台湾・新竹の「無西無歡」様で、ノンアルコールジンNEMA 0.00%のセミナーと、ゲスト・シフトが開催決定となりました。
以下は、無西無歡 様のイベント情報です!
[特邀活動:酉客座]
8月下旬,我們很榮幸邀請到
日本花式調酒教父/13屆日本調酒冠軍
北條智之先生
來無酉無歡客座吧台!
除了他精采的花式調酒作品,
北條先生也帶來以
無酒精琴酒NEMA0.00%
為主角呈現的特調,
不管喜不喜歡喝酒,
不管能不能喝酒,
這個晚上,都可以一起來歡樂!
【活動時間】
8月26日(週三)晚上7點到10點
【活動地點】
無酉無歡
新竹市關東路187巷25號一樓
【活動辦法】
採全預約制,以線上報名表單為準。
報名表單近日釋出,
席次有限,可以先確認行事曆囉!
#期待已久
#有酒精調酒和無酒精調酒
#餐飲同業限定講座歡迎內洽
本日2026年8月1日、一般社団法人 全日本フレアバーテンダーズ協会(anfa)は、多くの皆様の温かいご支援に支えられ、26周年を迎えることができました。
心より深く感謝申し上げます。
私が26歳の頃、フレアバーテンディングの魅力を日本に広めたい!という一心で立ち上げた当会が、四半世紀を超え、日本から多くの世界チャンピオンが誕生し、今も若き才能ある選手が世界へと羽ばたく組織へと成長したことを、大変感慨深く思っております。
●写真は「2008年アルティメット・ワールド・フレア」
人々を笑顔にするフレアの技術は、時代が変わっても色褪せることはないと、これまで繋いでくれたフレア・バーテンダーの皆様が証明してくれています。
私個人としてお手伝いできることは少なくなってまいりましたが、これからも、この素晴らしい文化を皆様と一緒に盛り上げていけることを心より楽しみにしております。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
一般社団法人 全日本フレア・バーテンダーズ協会 名誉相談役
北條智之
本日は17時から23時までの営業で、1時間早い閉店となります。ご了承下さいませ!
明日8月1日(土)は、臨時休業となります。
また今夜はヘルプの佐野 氏がシフト入りしております^ ^
皆様どうぞよろしくお願いいたします。
良い週末をお過ごしくださいませ
今年も島根の高品質な葡萄「神紅」が入荷いたしました!
全体収穫量の僅か8%の出荷しかない神紅ホワイトタグです。厳しい基準をクリアしており、糖度20度以上、紅色着き8割以上、一粒が15g以上で大きさは25mmです。
おすすめカクテルは【神紅のミカド】です。
ミカドは、ジャパニーズ・カクテルの別名です。
コニャック、オルゲート・シロップ、ライム・ジュース、アンゴスチュラ・ビターズをシェークしたショート・カクテルです。
今回、上記レシピに神紅を加えて作り、神紅を飾り提供しております。
Japanese Cocktail / ジャパニーズ・カクテルは、1860年に考案されたと言われています。
1860年はアメリカに最初の日本外交使節団を派遣した年です。この年の2月9日、使節団一行は米国政府が用意した軍艦「ポーハタン号」に乗船し、品川を出港。横浜港経由太平洋を横断してホノルルに立ち寄り、同年3月にサンフランシスコに到着します。1か月滞在後は、パナマ地峡を経由してワシントンD.C.へ向かい、そこで数多くの歓迎と祝賀を受けました。その後はボルチモアとフィラデルフィアを経由し、1860年6月16日にニューヨーク市に到着。
ジェリー・トーマス氏が、1862年の著書にレシピを紹介していることから、トーマス氏が 1860年に日本外交使節団を記念してジャパニーズ・カクテルを創作したと考えられています。
別名である「 Mikado Cocktail」のカクテル名は、1895年の「Bartenders Guide」と「Bartenders’ Association of New York City: Official Hand-Book and Guide」に掲載されていることから、この年からの呼び名と思われます。
本日は、日本のバー文化の黎明期を支えた、戦前を代表する伝説的な名バーテンダー高橋顧次郎 氏のお話し。
高橋顧次郎(たかはし こじろう)氏。
日本バーテンダー 協会(JBA)の二代目会長で、横浜グランドホテルで唯一ルイス・エッピンガー氏と働いていたことがある日本人バーテンダーです。
横浜グランドホテルで修行し、バーテンダーとして頭角をあらわす。
横浜グランドホテルの支配人のルイス・エッピンガー氏と一緒に働いていたと言う高橋 氏。
ルイス氏は、1905年に横浜グランドホテルの支配人から退き、その後はマネージング・ディレクターとして務めますが、1907年6月14日、ルイス氏は77歳で他界します。
高橋 氏がいつから横浜グランドホテルに入社したかは、正確に解っていないのですが、1905年より前ではないかと思われます。ここではセカンド・バーテンダーを務めていました。
1912年(大正元年)には、名バーテンダーとなる浜田晶吾 氏が横浜グランドホテルに入社するので、高橋 氏は浜田 氏の大先輩になります。
横浜で有名なカクテル「ミリオンダラー」は、かつてシャンパンを使用したレシピであったようですが、1915年頃に高橋 氏と浜田 氏で、一般的に広めるものにしようとシャンパンを除外した処方にしたと言われています。
高橋 氏は、1923年9月1日の関東大震災まで、横浜グランドホテルにいたと思われます。
戦前には銀座のレッドテープに移ります。
1929年(昭和4年)5月1日、東京・神田パリスにて日本バーテンダー 協会(JBA)の結成式が行われ、高橋 氏は発起人の1人となります。
JBA発起人15人は、荻野 直寿 氏、高橋 願次郎 氏、大阪 登章 氏、玉田 芳太郎 氏、田村 八十八 氏、浜田 晶吾 氏、浅倉 進次郎 氏、鈴木 豊松 氏、 室井 光江 氏、本多 春吉 氏 斉藤 武雄 氏 高橋 徳兵衛 氏、田村 清吉 氏、薄井 常雄 氏、伊藤 裕章 氏。
JBAの委員長(初代会長)には荻野 直寿 氏、副委員長に高橋 氏が選ばれ、JBA事務局が銀座に設置されました。
この頃は、銀座の「レッドテープ」でバーテンダーをしておりました。
後に二代目会長には高橋 氏が選ばれます。
おすすめカクテル【日田天領西瓜のピンキー・ゴンザレス】
日田天領西瓜は、大分県日田自慢のブランド西瓜で、平均糖度が12度以上というコクのある甘味とシャリッとした食感が特徴です。
ピンキー・ゴンザレスは、1964年にVictor Bergeron氏が自身のレストラン「Señor Pico」のために考案したティキ・カクテルです。
今回、日田のブランド西瓜を取り入れたアレンジで提供しています。
テキーラ、日田天領西瓜、グランマニエ、アーモンド・シロップ、ライム・ジュースで作ります。
是非お試しくださいませ!
本日は、1954年11月18日、キャバレー・アスター・ハウスにて開催されたJBA主催の第6回 オールジャパン・ドリンクス・コンクールのコクテール部門1位の作品【Flower Suntory / フラワー・サントリー】の紹介です。
フラワー・サントリーの創作者は大槻 考行 氏です。
レシピは、ドライジン1/2、デリカワイン・ホワイト1/4、スイート・ヴェルモット1/4、オレンジ・キュラソー2ダッシュをステアしてカクテル・グラスに注ぐ。レッド・チェリーを飾ります。
サントリーや幾つかのカクテル本では、デリカワイン・ホワイトの部分をドライ・ヴェルモットのレシピで紹介している。
2026年7月6日・7日 アジア・バーテンダーズ協会(ABA)公式ワールド・オープン戦【PATTAYA MIXOLOGIST BARTENDER & FLAIR OPEN 2026】がタイ・パタヤのCentral Marina Outletにて開催されました!
大会へ出場した皆様、審査員の皆様、大会を運営されたABAタイランドの皆様、本当にお疲れ様でした!
各国からトップバーテンダーが集まる素晴らしい舞台となりました。
日本代表としてフレア部門に 宮澤圭介(Kekke)選手が出場致しました。
審査員として日本からは、(社)全日本フレア・バーテンダー ズ協会 江田会長 と私も参加させていただきました。
【ミクソロジー部門 結果】
優勝:Eddie Mar Vilarde 選手(フィリピン)
準優勝:Thanyaphat Pornsuwan 選手(タイ)
第3位:James Jarin 選手(タイ)
【フレア部門 結果】
優勝:Deniss Trifanovs 選手(ラトビア)
準優勝:Michael Moreni 選手(イタリア)
第3位:Jung Gil Kim (Kei) 選手(韓国)
第4位:Kantapon prayote 選手(タイ)
第5位:James Jarin 選手(タイ)
ベスト・フィメール:Min Young Park (Chanel)選手(韓国)
日本代表の宮澤圭介(Kekke)選手は、世界の強豪が出場したフレア部門で 第6位 となりました!
今大会での貴重な経験や学びを、これからのフレア・バーテンダーへ繋ぎ、来年はもっと多くの選手が挑戦してくれることを期待したいですね。本当にお疲れ様でした!
最後に、パタヤの皆様の温かいホスピタリティと、ABAの仲間たちとの絆のおかげで、より一層素晴らしい大会となりました。
また今大会でABAアドバイザーとしてのCERTIFICATE OF APPOINTMENTも頂戴いたしました。ラビット会長、ありがとうございました!
大変お世話になったオーガナイザーのPOMさん、パタヤの皆様、ご一緒させていただいたABAグローバルの皆様、本当にありがとうございました!
【本日のお手伝いさん】
本日はキャリアも8年程あるバーテンダー がシフト入りしています!
彼は7年も前からネマニャで働きたいと言ってくれている人で、本日念願の叶ってスーパー・ヘルプで来てもらってます^ ^
ご存知のお客様も多いのではないでしょうか?
ダブル台風の影響で雨風が強い本日でしたが、もう通過したでしょうか?
今夜は、くれぐれもお気をつけてお過ごしください。
戦前の著名なバーテンダー大阪 登章 氏のお話し。
大阪 登章(おおさか たかあき)氏。
1889年生まれ。
1905年 (明治38年)に16歳で東京オリエンタルホテルに入社。
その後、神戸市北野町のトア・ホテル(東亜ホテル)に勤める。
写真下は、トア・ホテル(Tor Hotel)です。
1919年に帝国ホテルのバーテンダーとなる。
またこの年の12月28日、帝国ホテルは1回目の火災がおきます。初代帝国ホテル新館客室の電気回路がショートして、火災が発生し焼失。5ヶ月程で別館が再建されます。
1922年4月16日、帝国ホテルの初代本館は、地下室からの出火による火災で全焼となる。2回目の消失。
帝国ホテルは、被害を免れた一部の施設を利用して営業を再開します。
1922年11月、帝国ホテルのチーフ・バーテンダー であった玉田芳太郎氏が東京會舘に移ることになり、大阪 氏が後のチーフとなる。1926年には本多春吉氏が、帝国ホテルに移り、大阪 氏のセカンドのアシスタント・チーフ・バーテンダーとなる。
1923年7月に帝国ホテル2代目本館・通称ライト館完成。完成を記念した9月1日の落成披露宴の当日に関東大震災が発生。ライト館は倒壊を免れ、その後の火事でも無事で被害は少なかったと言われます。
帝国ホテルのシグネチャー・カクテルとして長く親しまれている「マウント・フジ」は、2代目本館が完成後に考案されたと推測されます。
世界一周旅行のクルーズ船で欧米の一行が来日した際に帝国ホテルで行われた祝賀パーティーのウェルカムカクテルとして考案されたと言われます。
ウェルカム・カクテルは当時、帝国ホテルの常務であった山口 正造 氏がチーフバーテンダーの大阪 氏に依頼して創作されたと考えられています。
山口 正造 氏は、富士屋ホテルの専務取締役でしたが、失火直後の1922年6月から帝国ホテルの支配人として一時的に着任し、1925年まで常務として務められた方です。
大阪 氏は、帝国ホテルを辞めた後は、築地の三州屋、丸ビルの東洋軒、華族会館、戦前日本軍が接収していたマニラ・ホテルでもチーフを歴任する。
1920年代後半には、横浜市中区伊勢佐木町二丁目の横濱バー・パリジヤンに所蔵していたことが解っている。
1929年には、大阪 登章 氏著のカクテル本も出版される。
この本に「マウント・フジ」のレシピ掲載は無いですが、「ミリオンダラー」と「ヨコハマ」が掲載されており、1920年代には日本にはあったことも確認ができる。
また1929年は、日本バーテンダー協会(J.B.A)誕生し、発起人15名の1人として名を連ねます。
戦後1940年代後半には歌舞伎座でバーテンダーをしていたようです。
写真上には5階と書いてありますが、昔から3階にはバーがあるようですが、5階にもあったのだろうか?
やまがた紅王(べにおう)」が入荷しました。
「佐藤錦」「紅秀峰」に続く山形のさくらんぼとして期待されているとのこと。
甘さと酸味のバランスが素晴らしく、とても美味しいです。
おすすめカクテルは【やまがた紅王のフローズン・ピスコ・サワー】です。旬の美味しさを是非お試しください。
さくらんぼも添えてご提供します。
旬の美味しさを是非お試しください