湘南で農薬や肥料を無使用の旬なオーガニック野菜を生産しているFrom the Fieldさんのエディブルフラワー「コーンフラワー」をお届けいただきました。
今週はスタンダード・カクテル「AVIATION / アビエーション」にコーンフラワーを浮かべて提供させていただいております^ ^
アビエーション・カクテルは、昔はロンドン生まれと推測されていましたが、1916年のHugo Richard Ensslin(ヒューゴ・R・エンスリン)氏の著書「Recipes for Mixed Drinks」が発掘されたことでアメリカで生まれたカクテルあることが解ってきました。アビエーションのレシピの最初の印刷は、この本からではないかと言われます。
ヒューゴ・R・エンスリン氏は、ドイツ出身でニューヨークのWallick Hotelでヘッドバーテンダーを勤めていたようです。
Recipes for Mixed Drinksに掲載されているアビエーションは以下です。
エルバート・ロンドン・ドライ・ジン 2/3
レモン・ジュース 1/3
マラスキーノ 2ダッシュ
クレーム・ド・ヴァイオレット 2ダッシュ
をシェークしてカクテル・グラスに注ぐというレシピです。
日本でよく作られているカクテル「ブルー・ムーン」の原型はアビエーションだったのかもしれないと想像します。
カクテル名は、1916年にイギリス空軍向けに航空機を設計・製造をしていた航空機メーカーの Sopwith Aviation Company が開発した戦闘機ソッピース・パップが2月に、ソッピース・トライプレーンが5月28日に初飛行した年でもあり、それと関係があるかもしれません。
1930年に発行された有名な「Savoy Cocktail Book」では、クレーム・ド・ヴィオレットを省略したため、長い間このカクテルにフローラルさが無くなり、白色で提供されてきました。
ヒューゴ・R・エンスリン氏は、1879年2月にドイツで生まれます。
アメリカへ渡る前、エンスリン氏は画家と写真家の見習いをしており、その経験がエンスリン氏のカクテル創作スキルの基礎となったともいわれます。
16歳で、単身アメリカへ。
ハーレムのフィフス・アベニュー2013番地に長年住み、仕事は主にキャッシャーとしてレジ系で働いて、その後オハイオ州に移り、ドイツに戻りますが、数年後にはニューヨークに戻ります。
1907年7月2日にマンハッタンでMargaret J Quigley氏と結婚。二人の間にはHomerという息子が生まれる。
Wallick Hotelではヘッド・バーテンダーとして活躍し、アメリカで名高いバーテンダーとなります。またエルバート・ロンドン・ドライ・ジンの熱烈な支持者でもあり、アヴィエーションのベースに使用していました。
当時はそれほど影響力のあるカクテル本ではなかった「Recipes for Mixed Drinks」は、エンスリン氏の自費出版で、1916年に初版、1917年に第2版が刊行されました。
第一次世界大戦がはじまると、エンスリン氏は生まれ故郷ドイツに感銘を受けておらず、アメリカの参戦が決まると、アメリカ側に志願。
その後、ペンシルベニア州ウィルクス・バールに移り、スターリング・ホテルのレストランを経営。
ヒューゴ・エンスリン氏は、1929年1月2日にペンシルベニア州ルザーンにて49歳で亡くなりました。




















































