2026/04/20

寺泊で根魚五目釣り

 昨日は新潟・長岡にてゲストシフトのお仕事でした。

仕事後は早めにおやすみし、帰る前に寺泊に行き、マルソウ時代の加曽利くんと小見山くんと3人で釣船に乗船。

光洋丸さんの根魚五目でした。

私はこの時期の日本海の高級魚のキジハタとソイ狙いが目的でした。

例年よりこの時期にしては海水が冷たく、雪溶けがまだ続いているようで、魚の反応も鈍い感じでした。

釣果はぼちぼち、目的の一種「マゾイ」、また「オニカサゴ」の釣果が出たのは嬉しかったです^ ^






マゾイは、少し早めの産卵期でお腹がパンパンでした。

写真下は加曽利くんが釣り上げた「オニカサゴ」!




この日は「ウッカリカサゴ」の釣果が多数で、それぞれ10匹以上は釣れたでしょうか。

今回も楽しい釣りでした^ ^


2026/04/16

御形のフォース・ディグリー

先日、二宮の山で春の七草「御形(ゴギョウ)」を摘み取らせていただきました。

花からはほのかに柚子のような香りがいたします。

今回、御形をアブサンに漬け込み、御形のアブサンを仕込みました。

おすすめカクテルは【御形のフォース・ディグリー】です。





横浜ベイ・ジン、フェルディナンズ ヴェルモット リミテッドバレルエイジド for 9th Anniv、フェルディナンズ・ヴェルモット・ドライ、御形のアブサンで作ります。

是非お試しくださいませ!

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History of  Fourth Degree

フォース・ディグリー・カクテルは、1914年のJacques Straub's氏の著書『ドリンクス』に、ジンを含まないアブサン・ベースのカクテルとして登場しており、別名「Feather Cocktai(フェザー・カクテル)」とも呼ばれていました。


1920年代初頭までには、このカクテルにジンが含まれるようになり、1922年の「Harry's ABC of Mixing Cocktails」や、1923年の著書「Harry of Ciro's ABC of Mixing Cocktails」でも掲載されジン、フレンチベルモット、イタリアンベルモットをそれぞれ1/3ずつにアブサンを4ダッシュが加わる。



別名は他にも「Fourth Estate(フォース・エステート)」や「Fourth Degree Martini(フォース・ディグリー・マテーニ)」とも呼ばれます。

先日お客様から面白い資料をご提供いただきました。1926年3月1日発行の「夜の横濱」 のページ一部のコピーです。

そこには横浜のカフェ・ド・パリ(現在、関内にあるカクテルバー・パリ」でフォース・ディグリーを飲みながらオリーブを食べている様子が書かれています。




1920年代前半に横浜でも流行していたカクテルかも知れませんね^ ^



2026/04/12

銀座にあった古川緑郎 氏の伝説のバー「クール」

 1929年、古川緑郎 様は13歳の時、西川千代 氏が経営していた銀座の「サン・スーシー」の少年ボーイ募集でバーの世界に入ったといわれます。

師匠は大正時代の東洋汽船外国航路のキャビンバーテンダーであった高橋徳兵衛 氏。

高橋 徳兵衛 氏は横浜のカフェ・ド・パリ(現在の横浜・関内のカクテルバー・パリ)の初代チーフ バーテンダーで、日本バーテンダー協会創立発起人15人の1人で、その後1923年12月に開店した銀座サンスーシに移られた方。サンスーシの内装デザインは、カフェ・ド・パリのオーナー・バーテンダー 田尾多三郎 氏の奥様の姉に協力してもらい。バーテンダーの高橋徳兵衛氏も送り込んだといわれます。


古川緑郎 様は、修行後の1948年に独立となり、銀座8丁目に「クール」を開店。店名は横浜のカフェ・ド・パリのお客様だった谷崎潤一郎 氏が命名した。

店名のクールのスペルはCool ではなく「Kool」。

メンソール入りのたばこのパッケージの色と緑郎 様の緑にかけてとのことで、看板も緑色でした。

1971年にはコリドー街銀座7丁目に移り、2003年11月19日の古川緑郎 様の米寿(88歳)の誕生日のタイミングに閉店となりました。

最終日はコリドー街の角を曲がったところまで行列ができたそうです。

また2003年はミスターバーテンダーも受賞された年でした。

2012年1月7日、享年97歳でございました。


私は1994年に古川緑郎 様が現役でいらっしゃる時代に、お伺いさせていただいたことがありました。当時、私は20歳の若者でしたので古川緑郎 様が直接作られるカクテルをいただくことは叶いませんでしたが、お店のオリジナル・カクテルをいただいたことがありました。

オリジナル・カクテルも沢山ありましたが、一部紹介させていただきます。デコレーションには全てミント・チェリーが入り、古川緑郎 様のお名前の「緑」のチェリーが飾られていました。


【Kool Original  Cocktail】


●クールNo.1

ウォッカ1/2、キルシュ1/2をシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。

●クールNo.2

ホワイト・ラム1/3、ガリアーノ1/3、レモン・ジュース1/3をシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。

●クールNo.3

テキーラ2/3、ドライ・ヴェルモット1/3、アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。

●クールNo.4

ウォッカ1/2、サザンコンフォート1/2をシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。

●クールNo.5

ダークラム2/3、ドライ・ヴェルモット1/3、アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。

●クールNo.6

ブレンデッド・スコッチ1/2、ドランブイ1/2、アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。

●クールNo.7

バーボン2/3、ドライ・ヴェルモット1/3、アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。

●クールNo.8

ウォッカ2/3、フレッシュ・ライム、ジュース1/3、グリーン・ミント・リキュール 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。

●クールNo.9

ウォッカ1/2、リカール1/2、グリーン・ミント・リキュール 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。

●クールNo.10

カナディアン・ウイスキー40ml、角砂糖1個、アンゴスチュラ・ビターズ 2ダッシュ、氷を入れたロック・グラスに注ぎビルド。ミント・チェリーを沈める。

●クールNo.11

ドライジン1/2、キルシュ1/2をシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。


●クール・スペシャル

ロンリコ151ラム2/3、ドライ・ヴェルモット1/3、アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。


2026/04/09

スウィート・サフィイアのブランデー・クラスタ

オーストラリア産の葡萄「スウィート・サフィイア」が入荷しております。

細長く、種無し、サクサクした食感で皮ごと食べれる爽やかな葡萄です。

おすすめは【スウィート・サフィイアのブランデー・クラスタ】です。




ブランデー・クラスタは、1850年代にニューオーリンズで活躍していたイタリア・トリエステ出身のバーテンダー、Joseph Santini(ジョセフ・サンティーニ)によって考案されたカクテルで、サイドカーはこのカクテルから派生したものと考えられており、アメリカではシュガー・リムして提供されるサイドカーもある。

1850年頃、ジョセフ・サンティーニ氏が、ニューオーリンズのフレンチクォーターの中心部にあるバー兼レストラン「Jewel of the South」の経営を引き継ぎ、そこで斬新なスタイルを取り入れた、おしゃれなカクテル「クラスタ」を考案したと言われています。

ジョセフ・サンティーニ氏は、1869年1月まで Jewel of the South 経営し引退しています。

写真下がJoseph Santini氏。



現在ニューオリンズで営業しているJewel of the Southは、2019年3月に新たに創業したもので、以前あった歴史的なレストラン・バーに敬意を表して設立されており、ブランデー・クラスタも昔のレシピで再現しているようです。コニャック、ドライ・キュラソー、マラスキーノ、レモン・ジュース、アンゴスチュラ・ビターズで作られています。



今回のネマニャのおすすめのレシピは、コニャック、マラスキーノ、スイート・サファイア、レモン・ジュース、アンゴスチュラ・ビターズで作り、グラスの縁にシュガーリムしています。

春らしい色で、ほのかに梅を思わす様な香りがするブランデー・クラスタとなります。

是非お試しくださいませ!


2026/04/07

ボリジのガストウ

 おすすめカクテル【ボリジのガストウ】

湘南で農薬や肥料を無使用の旬なオーガニック野菜を生産しているフロムザフィールドさんのエディブルフラワー「ボリジ」を摘み取らせていただきました。





若葉はきゅうりのような爽やかな風味があり、サラダにも使われています。ボリジの花は砂糖漬けなどにもされることをヒントにライム・コーディアルを作ってみました。キウイ似た香りに仕上がりました^ ^

カクテルは1968年に開催された横浜明治100年記念カクテル・コンペティションのアマチュアの部で優勝作品「ガストウ」を少しアレンジしたカクテル。

レシピは、ウォッカ、パルフェタムール、ホワイト・キュラソー、ボリジのライム・コーディアルです。

是非お試しくださいませ!

2026/04/05

2026年4月5日のシーバス釣り

 2026年4月5日は、久しぶりに芝浦アイランドでシーバス釣り。

この日は満潮が19時30分ともあり、18時前から準備。

すると18時頃釣り場の橋の下が、桜のシーズンからなのか?ピンクにライトアップ...

灯りに警戒してシーバスが釣れない.,.

そう思いながら18時からスタート。

アタリがあるもウキが止まったり、逆流したり、ポツポツしませんでした。

20時36分にようやくウキが潜り釣果あり。






一匹で竿しまいしました。

素敵なライトアップが毎日点灯となると、この場所釣りにくくなったかもです。

2026/04/01

平安時代のカクテル?「花見酒」

 本日は831年には登場している【花見酒】の紹介です。

桜の花が咲く頃に行われる花見酒。

サクラの「サ」は田の神、「クラ」には神座の意味があり、桜は「田の神が宿る木」と信じられていました。

神力を体内に取り込むことと、桜の木の下で豊作祈願の儀礼を行うことを目的としたものが花見酒の起源とされています。

花見酒は、天長8年(831年)から、嵯峨天皇主催で花見の宴が毎年行われるようになったと言われています。

花見酒は、日本酒の盃に桜の花びらを浮かべた酒のことでもあり、桜の生命力や神気をお酒に移し、神の霊力を体に取り込み、縁を結ぶという考えが花見酒の背景にあるそうです。




写真上は花札の花見酒。

とても有名になった花見酒の話は、1594年(文禄3年)の2月27日(旧暦なので現在で言うと4月17日頃)に豊臣秀吉が行った「吉野の花見」が知られます。5日間にも及び、約5000人が桜と宴を楽しんと言われ、その中には、徳川家康や前田利家、伊達政宗も参加したと伝わります。

慶長3年(1598年)には京都の醍醐寺で秀吉が行った「醍醐の花見」には、約1300人が参加したと言われており、こちらも有名な花見酒となりました。

カクテルバー・ネマニャでは、大島桜を浸漬して作った自家製桜リキュールをご用意しております。日本酒をベースに少量の桜リキュールを加えた「花見酒」もおすすめしております。

花見酒を是非お試しくださいませ!