ネマニャの小庭で育てているローズヨコハマが開花する季節になりました^ ^
おすすめカクテルは【ローズヨコハマのホワイト・ローズ】です。
1916年発行のHugo Ensslin氏の著書「 Recipes for Mixed Drinks」に掲載されているカクテル。
今回のレシピは、横浜ベイ・ジン、マラスキーノ、薔薇の氣水、オレンジ・ジュース、レモン・ジュース、卵白で作り、ローズヨコハマを浮かべます✨
今が旬のカクテル、是非お試しください
【一般社団法人 全日本フレア・バーテンダーズ協会(ANFA)名誉会長】 【アジア・バーテンダーズ協会(ABA)相談役】 【フェルディナンズ・ジャパン・ブランド・アンバサダー】 【特許取得 日本初のノンアルコールジンNEMA0.00%創業者・開発者】 カクテルバー・ネマニャ・北條智之のブログです。
ネマニャの小庭で育てているローズヨコハマが開花する季節になりました^ ^
おすすめカクテルは【ローズヨコハマのホワイト・ローズ】です。
1916年発行のHugo Ensslin氏の著書「 Recipes for Mixed Drinks」に掲載されているカクテル。
今回のレシピは、横浜ベイ・ジン、マラスキーノ、薔薇の氣水、オレンジ・ジュース、レモン・ジュース、卵白で作り、ローズヨコハマを浮かべます✨
今が旬のカクテル、是非お試しください
おすすめカクテル【プリンスメロンのメロン・スペシャル】
メロン・スペシャルは、1966年に開催された全日本バーテンダー協会カクテルコンペティションの優勝作品。創作者は図師健一 氏。
ドライ・ジン、ミドリ・メロン・リキュール、ライム・コーディアル、オレンジ・ビターズで作るカクテルです。
今回のおすすめは長崎県産のプリンス・メロンを加えたアレンジです。
是非お試しくださいませ!
先日、お客様との会話の中で、吉川晃司さんの名曲「LA VIE EN ROSE」の歌詞に登場する"エメラルドのカクテル"は何カクテルなんでしょうね?と話題にしておりました。
1984年9月にリースされた曲で、同名のアルバム「LA VIE EN ROSE」が10月に発売されており、アルバムにはエメラルドのカクテルが写る。
緑色のカクテルは沢山ありますが、1980年代に日本で流行していたショートのカクテルですと、「青い珊瑚礁」、「アラウンド・ザ・ワールド」、「カルーソー」あたりですが、LA VIE EN ROSEの歌詞の中で「エメラルドのカクテルに消える光のあわ」と歌われていることからシェークによる気泡が表現されています。またアルバムの写真からデコレーションは無し。カルーソーはステアで作成するもので、青い珊瑚礁はガーニッシュがあります。
歌詞からみるシェーク、アルバムの写真からみるガーニッシュ無しのショートであれば、アラウンド・ザ・ワールドであったのではと推測します。
アラウンド・ザ・ワールドが誕生した時代にミント・チェリーは販売されておらず、発祥とされるアメリカには緑色のチェリーがそもそも無かったと思われます。
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●History of Around the Word
アラウンド・ザ・ワールドはいつ誕生したカクテルなのか?
それは、アメリカの飛行機が世界一周したことで記念して行われた大会で登場したカクテルとのこと。
1924年、アメリカ陸軍航空部が4万4342キロを175日かけ、初の航空機による世界一周を達成。アメリカの飛行機が世界一周したことは話題となり,その年に成功を記念してカクテル・コンペティションが開催され、優勝作品が「Around The World」であったといわれています。
この時代ですとアメリカは禁酒時代。
大会の開催場所は特定出来ておりませんが、アメリカではなく、禁酒法から逃れてきたアメリカ人バーテンダー達が聖地にしていたパリやロンドンなどヨーロッパのどこか、もしくはキューバ?で開催された可能性も考えられます。とくにパリでは非公式にカクテル・コンペティションがいくつか行われていた頃。
アラウンド・ザ・ワールドに、フランスのミント・リキュール「GET 27」が使用されていたとしたら、パリでの大会だったからなのかな?とも想像します。
一説によると1947年のパンアメリカン航空が世界一周の運航を開始した際に開催されたカクテル・コンペティションで登場した作品ともいわれておりますが、それは違うと思われます。
何故ならば1932年発行のカクテル本「Sloppy Joe’s Cocktails Manual 」に登場しているからです。
やはりアメリカ禁酒時代に誕生しているのだろうか?
上は翌年発行の同書で、パイナップル・ジュースの量が2倍に増えています。
どうやらキューバの Sloppy Joe's Bar Havana (ハバナのズルエタ通りとアニマス通りの角)の名物カクテルの一つであったようです。
キューバ発祥のカクテルの可能性もありますね。
チリ産の赤葡萄「レッドグローブ」が入荷しております。
種ありですが、皮ごと食べれるタイプで、大粒でマイルドな甘さ。
おすすめはカクテルは【レッドグローブのアン・シェリダン】です。
ホワイト・ラム、レッドグローブ、グランマニエ、ライム・ジュースで作ります。
是非お試しくださいませ!
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●History of Ann Sheridan Cocktail
アン・シェリダンは、1940年代には登場している様で、1946年に出版されたLucius Beebe著のカクテル本「The Stork Club Bar Book」に掲載されており、Cub Roomのウェイター・キャプテンのHarry Kaye氏が考案者であることも書かれています。
バカルディ・ホワイト 20ml
オレンジ・キュラソー 10ml
フレッシュ・ライム・ジュース 1/2個分
レシピのライム・ジュースは1/2個分絞り皮ごとシェーカーに入れるというのも面白いですね。
発祥とされるCub Roomは、ニューヨークの伝説的なナイトクラブ「Stork Club」内にあったVIP専用ルームです。
当時最も排他的でステータスの高かったスペースで毎晩セレブ達で賑わっていたと言われています。
昨日は新潟・長岡にてゲストシフトのお仕事でした。
仕事後は早めにおやすみし、帰る前に寺泊に行き、マルソウ時代の加曽利くんと小見山くんと3人で釣船に乗船。
光洋丸さんの根魚五目でした。
私はこの時期の日本海の高級魚のキジハタとソイ狙いが目的でした。
例年よりこの時期にしては海水が冷たく、雪溶けがまだ続いているようで、魚の反応も鈍い感じでした。
釣果はぼちぼち、目的の一種「マゾイ」、また「オニカサゴ」の釣果が出たのは嬉しかったです^ ^
マゾイは、少し早めの産卵期でお腹がパンパンでした。
写真下は加曽利くんが釣り上げた「オニカサゴ」!
この日は「ウッカリカサゴ」の釣果が多数で、それぞれ10匹以上は釣れたでしょうか。
今回も楽しい釣りでした^ ^
2026年4月19日(日)、新潟・長岡にあるマルソウ時代の後輩の小見山幸人(スノーマン)氏のお店「LUCKY STAR BAR」でゲスト・シフトでした。
もう1人のマルソウ時代の後輩である加曽利信吾 氏とも共演。
北條(元マルソウ統括マネージャー)、加曽利 氏(元店長)、小見山 氏の3人が揃いマルソウ・ナイトとして開催されました。
2部制で行われ、34名もの皆様にお越しいただき、最終的には280杯を超えるカクテルを提供することができました。
お一人平均8杯…
皆様の驚異的なパワーと笑顔に圧倒されつつ、毎晩忙しかったマルソウ時代を彷彿させる刺激的な一晩となりました。
2部の最後には、北條、加曽利氏、小見山氏の3人で一緒にフレア・ショー【ライディーン】を披露し、最後皆様とライディーンで乾杯となりました。
至らない点もあったかと思いますが、皆様と一緒にグラスを交わせた時間は私にとって良い思い出となりました。
そして、素晴らしい機会をくれた小見山 氏、共演した加曽利 氏、本当にありがとう!
ラッキースター・バーの温かい空気感と皆様があったからこその盛り上がりでした。
またいつか皆様に再会出来ましたら嬉しく思います。
重ねて本当にありがとうございました!
先日、二宮の山で春の七草「御形(ゴギョウ)」を摘み取らせていただきました。
花からはほのかに柚子のような香りがいたします。
今回、御形をアブサンに漬け込み、御形のアブサンを仕込みました。
おすすめカクテルは【御形のフォース・ディグリー】です。
是非お試しくださいませ!
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History of Fourth Degree
フォース・ディグリー・カクテルは、1914年のJacques Straub's氏の著書『ドリンクス』に、ジンを含まないアブサン・ベースのカクテルとして登場しており、別名「Feather Cocktai(フェザー・カクテル)」とも呼ばれていました。
1920年代初頭までには、このカクテルにジンが含まれるようになり、1922年の「Harry's ABC of Mixing Cocktails」や、1923年の著書「Harry of Ciro's ABC of Mixing Cocktails」でも掲載されジン、フレンチベルモット、イタリアンベルモットをそれぞれ1/3ずつにアブサンを4ダッシュが加わる。
別名は他にも「Fourth Estate(フォース・エステート)」や「Fourth Degree Martini(フォース・ディグリー・マテーニ)」とも呼ばれます。
先日お客様から面白い資料をご提供いただきました。1926年3月1日発行の「夜の横濱」 のページ一部のコピーです。
そこには横浜のカフェ・ド・パリ(現在、関内にあるカクテルバー・パリ」でフォース・ディグリーを飲みながらオリーブを食べている様子が書かれています。
1920年代前半に横浜でも流行していたカクテルかも知れませんね^ ^
1929年、古川緑郎 様は13歳の時、西川千代 氏が経営していた銀座の「サン・スーシー」の少年ボーイ募集でバーの世界に入ったといわれます。
師匠は大正時代の東洋汽船外国航路のキャビンバーテンダーであった高橋徳兵衛 氏。
高橋 徳兵衛 氏は横浜のカフェ・ド・パリ(現在の横浜・関内のカクテルバー・パリ)の初代チーフ バーテンダーで、日本バーテンダー協会創立発起人15人の1人で、その後1923年12月に開店した銀座サンスーシに移られた方。サンスーシの内装デザインは、カフェ・ド・パリのオーナー・バーテンダー 田尾多三郎 氏の奥様の姉に協力してもらい。バーテンダーの高橋徳兵衛氏も送り込んだといわれます。
古川緑郎 様は、修行後の1948年に独立となり、銀座8丁目に「クール」を開店。店名は横浜のカフェ・ド・パリのお客様だった谷崎潤一郎 氏が命名した。
店名のクールのスペルはCool ではなく「Kool」。
メンソール入りのたばこのパッケージの色と緑郎 様の緑にかけてとのことで、看板も緑色でした。
1971年にはコリドー街銀座7丁目に移り、2003年11月19日の古川緑郎 様の米寿(88歳)の誕生日のタイミングに閉店となりました。
最終日はコリドー街の角を曲がったところまで行列ができたそうです。
また2003年はミスターバーテンダーも受賞された年でした。
2012年1月7日、享年97歳でございました。
私は1994年に古川緑郎 様が現役でいらっしゃる時代に、お伺いさせていただいたことがありました。当時、私は20歳の若者でしたので古川緑郎 様が直接作られるカクテルをいただくことは叶いませんでしたが、お店のオリジナル・カクテルをいただいたことがありました。
オリジナル・カクテルも沢山ありましたが、一部紹介させていただきます。デコレーションには全てミント・チェリーが入り、古川緑郎 様のお名前の「緑」のチェリーが飾られていました。
【Kool Original Cocktail】
●クールNo.1
ウォッカ1/2、キルシュ1/2をシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
●クールNo.2
ホワイト・ラム1/3、ガリアーノ1/3、レモン・ジュース1/3をシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
●クールNo.3
テキーラ2/3、ドライ・ヴェルモット1/3、アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
●クールNo.4
ウォッカ1/2、サザンコンフォート1/2をシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
●クールNo.5
ダークラム2/3、ドライ・ヴェルモット1/3、アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
●クールNo.6
ブレンデッド・スコッチ1/2、ドランブイ1/2、アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
●クールNo.7
バーボン2/3、ドライ・ヴェルモット1/3、アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
●クールNo.8
ウォッカ2/3、フレッシュ・ライム、ジュース1/3、グリーン・ミント・リキュール 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
●クールNo.9
ウォッカ1/2、リカール1/2、グリーン・ミント・リキュール 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
●クールNo.10
カナディアン・ウイスキー40ml、角砂糖1個、アンゴスチュラ・ビターズ 2ダッシュ、氷を入れたロック・グラスに注ぎビルド。ミント・チェリーを沈める。
●クールNo.11
ドライジン1/2、キルシュ1/2をシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
●クール・スペシャル
ロンリコ151ラム2/3、ドライ・ヴェルモット1/3、アンゴスチュラ・ビターズ 1ダッシュをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。ミント・チェリーを沈める。
オーストラリア産の葡萄「スウィート・サフィイア」が入荷しております。
細長く、種無し、サクサクした食感で皮ごと食べれる爽やかな葡萄です。
おすすめは【スウィート・サフィイアのブランデー・クラスタ】です。
ブランデー・クラスタは、1850年代にニューオーリンズで活躍していたイタリア・トリエステ出身のバーテンダー、Joseph Santini(ジョセフ・サンティーニ)によって考案されたカクテルで、サイドカーはこのカクテルから派生したものと考えられており、アメリカではシュガー・リムして提供されるサイドカーもある。
1850年頃、ジョセフ・サンティーニ氏が、ニューオーリンズのフレンチクォーターの中心部にあるバー兼レストラン「Jewel of the South」の経営を引き継ぎ、そこで斬新なスタイルを取り入れた、おしゃれなカクテル「クラスタ」を考案したと言われています。
ジョセフ・サンティーニ氏は、1869年1月まで Jewel of the South 経営し引退しています。
写真下がJoseph Santini氏。
現在ニューオリンズで営業しているJewel of the Southは、2019年3月に新たに創業したもので、以前あった歴史的なレストラン・バーに敬意を表して設立されており、ブランデー・クラスタも昔のレシピで再現しているようです。コニャック、ドライ・キュラソー、マラスキーノ、レモン・ジュース、アンゴスチュラ・ビターズで作られています。
今回のネマニャのおすすめのレシピは、コニャック、マラスキーノ、スイート・サファイア、レモン・ジュース、アンゴスチュラ・ビターズで作り、グラスの縁にシュガーリムしています。
春らしい色で、ほのかに梅を思わす様な香りがするブランデー・クラスタとなります。
是非お試しくださいませ!
おすすめカクテル【ボリジのガストウ】
湘南で農薬や肥料を無使用の旬なオーガニック野菜を生産しているフロムザフィールドさんのエディブルフラワー「ボリジ」を摘み取らせていただきました。
若葉はきゅうりのような爽やかな風味があり、サラダにも使われています。ボリジの花は砂糖漬けなどにもされることをヒントにライム・コーディアルを作ってみました。キウイ似た香りに仕上がりました^ ^
カクテルは1968年に開催された横浜明治100年記念カクテル・コンペティションのアマチュアの部で優勝作品「ガストウ」を少しアレンジしたカクテル。
レシピは、ウォッカ、パルフェタムール、ホワイト・キュラソー、ボリジのライム・コーディアルです。
是非お試しくださいませ!
2026年4月5日は、久しぶりに芝浦アイランドでシーバス釣り。
この日は満潮が19時30分ともあり、18時前から準備。
すると18時頃釣り場の橋の下が、桜のシーズンからなのか?ピンクにライトアップ...
灯りに警戒してシーバスが釣れない.,.
そう思いながら18時からスタート。
アタリがあるもウキが止まったり、逆流したり、ポツポツしませんでした。
20時36分にようやくウキが潜り釣果あり。
一匹で竿しまいしました。
素敵なライトアップが毎日点灯となると、この場所釣りにくくなったかもです。
本日は831年には登場している【花見酒】の紹介です。
桜の花が咲く頃に行われる花見酒。
サクラの「サ」は田の神、「クラ」には神座の意味があり、桜は「田の神が宿る木」と信じられていました。
神力を体内に取り込むことと、桜の木の下で豊作祈願の儀礼を行うことを目的としたものが花見酒の起源とされています。
花見酒は、天長8年(831年)から、嵯峨天皇主催で花見の宴が毎年行われるようになったと言われています。
花見酒は、日本酒の盃に桜の花びらを浮かべた酒のことでもあり、桜の生命力や神気をお酒に移し、神の霊力を体に取り込み、縁を結ぶという考えが花見酒の背景にあるそうです。
写真上は花札の花見酒。
とても有名になった花見酒の話は、1594年(文禄3年)の2月27日(旧暦なので現在で言うと4月17日頃)に豊臣秀吉が行った「吉野の花見」が知られます。5日間にも及び、約5000人が桜と宴を楽しんと言われ、その中には、徳川家康や前田利家、伊達政宗も参加したと伝わります。
慶長3年(1598年)には京都の醍醐寺で秀吉が行った「醍醐の花見」には、約1300人が参加したと言われており、こちらも有名な花見酒となりました。
カクテルバー・ネマニャでは、大島桜を浸漬して作った自家製桜リキュールをご用意しております。日本酒をベースに少量の桜リキュールを加えた「花見酒」もおすすめしております。
花見酒を是非お試しくださいませ!