2026/01/13

日本のバー誕生の地 横濱の話⑳ ヨコハマ・カクテル


本日は「ヨコハマ・カクテル」のお話。

ドライジン1/3、ウォッカ1/6、オレンジジュース1/3、グレナデンシロップ1/6、アブサン1ダッシュをシェークした「ヨコハマ・カクテル」。

言い伝えでは、横浜に寄港していた極東航路の貨客船のバーで生まれたと言われています。

貨客船や横浜で誕生したカクテルなのだろうか?

証拠となる文献が見つからないので、現段階でもはっきりしていませんが、解っている範囲での推測を書き残したいと思います。


ヨコハマ・カクテルはいつ頃誕生したのか?

1923年のHarry MacElhone著の「Harry of Ciro's ABC Of Mixing Cocktails」にレシピが掲載されておりますのでこの頃にあったのは間違いないです。




日本のカクテル本では、1933年の「O'DELL'S BOOK of COCKTAILS and FANCY DRINKS」に「ヨコハマ・カクテール」の掲載が確認できる。





1920年前後にウォッカを使用したカクテルは貴重

材料に使用されるウォッカですが、ロシア以外の国で飲まれるようになるのは、1917年のロシア革命以降で、革命により亡命したロシア人が、亡命先の国々でウオツカ製造をはじめるようになったことで流通される。

ロシアは第一次大戦が始まった1914年から、建前上は禁酒国家となり、ロシア革命後もこの政策は1925年まで維持され禁酒時代となっていました。

1925年の禁酒令後は、ウォッカ専売制が復活し、1930年代には重要な税収源となります。1930年代のウォッカの輸出は小規模ですが行われていました。

アメリカでは1933年に禁酒法が撤廃されるとウオツカの製造が盛んになります。

ロシア革命から1920年代までは、他の国々がウォッカを入手することは困難で、1923年の「Harry of Ciro's ABC Of Mixing Cocktails」にヨコハマ・カクテルが掲載されるまでは、世界中のカクテル本にウォッカを使用したレシピが登場することはとても珍しく、一部の国ではウォッカが粗悪ない酒扱いしていたため、カクテルに使われることはほとんどない時代でした。

そうすると1923年までに日本でウォッカが輸入される事や製造されることもなかったので、日本で考案という考えからは遠ざけてしまいます。

貨客船のバー説であれば、海外で入手した珍しいウォッカがあったかもしれないとも考えますが、材料に使用して大々的にカクテルに使えただろうか?


1920年前後にアブサンも入手困難

フランスをはじめとする多くの国で、アブサンの主成分であるニガヨモギに含まれる「ツヨン」による幻覚作用や中毒性が問題視され、製造・販売・飲用が禁止されたことも有名な話。

ベルギーは1905年、スイスでは1910年、アメリカでは1912年、イタリアでは1913年、フランスでは1915年と続々と禁止されました。

その時代にイギリスではアブサンを禁止する法律は特に施行されておらず、アブサンを使用したカクテルは沢山登場していました。


ヨコハマに似たカクテル「Monkey Gland」

ヨコハマ・カクテルに似たカクテルに「Monkey Gland / モンキー・グランド」があります。このカクテルは1920年代に入りパリに戻ったHarry MacElhone氏や、パリのホテル・リッツのFrank Meier氏が考案しフランス誕生説もありますが、実は1919年にロンドンで大流行していたカクテルのようです。

1919 年10月30日にイギリスの新聞「The Buffalo News」で、モンキー・グランドがロンドンで登場し流行していると報じています。 考えてみればアブサンを使用したカクテルは、この時代であればイギリスからであろうと考えるのが自然です。



モンキーグランドのレシピは以下です。

①ドライ・ジン1/2、オレンジジュース1/2、グレナデン・シロップ1tsp、アブサン1tspをシェークしてカクテル・グラスに注いだもの。

②ドライ・ジン1/2、オレンジジュース1/3、グレナデン・シロップ1/6、アブサン1ダッシュをシェークしてカクテル・グラスに注いだもの。

またアブサンの変わりに、ベネディクティンDOMにしたレシピもあります。

写真下は1923年の Harry of Ciro's ABC Of Mixing Cocktailsに掲載のモンキー・グランド。



ヨコハマ・カクテルのレシピにとても似ており、創られたと思われる年代もモンキー・グランドと同じ頃ではないかと思われるので、ヨコハマ・カクテルはモンキー・グランドが先に誕生しており、ウォッカを追加したバリエーション・カクテルとして誕生したのかもしれないです。

日本のカクテル本には、1924年に刊行した前田米吉 氏の「コクテール」に掲載されておりますが、ヨコハマ・カクテルは掲載されていない。





ハリー・マッケルホーン氏がロンドンで考案したのか?

1919年にモンキー・グランドがロンドンで登場したことが解っていますが、1923年出版の「Harry of Ciro's ABC Of Mixing Cocktails」の著者であるハリー・マッケルホーン氏が創作したのだろうか?

パリの「Harry's New York Bar」で有名なマッケルホーン氏ですが、1919年にロンドンにおりました。

マッケルホーン氏は、1890年6月16日 。スコットランドのダンディーで生まれます。1911年にバーテンダーとしてのキャリアをスタートし、1915年にパリの「York Bar」に入店。第一次世界大戦中はアメリカへ移り、ニューヨークのプラザホテルなどで働きますが、第一次世界大戦後の1919年にはロンドンの「Ciro's Club」に移り、ここでバーテンダーとして名声を博し、1923年(初版は1921年のようです)に「Harry of Ciro's ABC Of Mixing Cocktails」にも繋がります。

1923年にはパリのYork Barを買収し「Harry's New York Bar」と改名しました。

モンキー・グランドやヨコハマ・カクテルは、マッケルホーン氏が Ciro's Club で考案したのではと想像します。


貨客船のバーで考案説なら?

横浜で考案された可能性は低く。1917〜1923年の日本の文献にヨコハマ・カクテルが発掘されておらず、日本発祥でないと思いますが、貨客船のバーで誕生した可能性も考える。

1885年郵便汽船三変会社と共同運輸会社が合併し「日本郵船会社」が誕生。

1910年頃までに活躍していた日本人バーテンダーの殆どが日本郵船会社に勤務していたと言われています。1920年代の日本のバーテンダーは、郵船バーテンダーとホテル・バーテンダーが大半でした。

1920年に東洋汽船会社(1896年から1960年まで存続した浅野財閥・安田財閥系の日本の海運会社。1926年に客船事業が日本郵船に合併)に在籍されて、日本バーテンダー協会(JBA)3代目会長・全日本バーテンダー協会(ANBA)初代会長であった室井良介 氏の著書にヨコハマ・カクテルが掲載されております。



そのレシピにはヴェルモット・ロッソが加えられており、ヨコハマ・カクテルの初期レシピなのかもしれないと想像もします。