2018/03/18

カクテル「ジンライム」の発祥は銀座


昨日は終電に乗り小岩へ。

静岡のバーテンダーの井谷さん、中沢さんの情報提供のお陰もありカクテル「ジンライム」の考案者に遂にお会いする事が出来ました!

ジンライム の発祥が横浜ではないだろうか?と思い色々と調べておりました。



1970年代前半、横浜でもジンとライムコーディアル(緑色の甘みのあるライムジュース)を混ぜて作るこのカクテルの流行は、長く横浜を愛するお客様達からも聞いておりました。

ロックミュージシャンの矢沢永吉さんがキャロルでデビューする前に憧れたカクテルでも知られます。

矢沢さんはある日、本牧のライブ終了後にチップを頂き、出演されていたライブハウスの隣でジンライムを飲んだといいます。

想い出話は有名で⤵️今でもその時の味が忘れられず緑色のジンライムを飲まれるそうです。

https://youtu.be/ZkLNhvradCU

矢沢さんが昔に専属バンドとして入られていた本牧のライブハウス「ゴールデン・カップ」は、ファンの間では聖地で、緑色したジンライムを皆さんご注文されるそうです。


もしかして本牧から生まれたカクテルなのだろうか?と1964年から営業されているゴールデン・カップ様をはじめ何軒かのお店で聞き込み調査。

オーナー様達の貴重なお話しを伺いつつ60年代はそれほどジンライム が本牧をはじめ神奈川では流行していなかった様子も知りました。

エリアは変わり、下田のハーバーライト様では今でも緑色の「あの頃のジンライム」が人気との事で、もしかしたら下田では?とも思いました。

静岡の友人の情報により、ハーバーライト様のジンライムは、横須賀のアメリカ海軍の皆様が持ち込んだレシピである事が解り、またジンライム の考案者は小岩のショットバー・サバンのマスターであるとの情報まで教えて下さいました!


そして昨晩、営業終了後に小岩に行けるチャンスがやって来ました。

無事にショットバー・サバンに到着し、考案者の馬田浩二 様にお逢いする事が出来ました!



店内には、ジンライムの考案者である事も記された額も飾られていました。

馬田 様は今年82歳。

東京會舘本館のメインバーにも在籍されていたとの事で、自分も東京會舘出身という事で大々先輩にあたる方でもありました。

またお名前は浩二で、"ヒロシ"というお名前が付く方とはとてもご縁が多く、なんだか親しみが湧きました(^-^)

ジンライムは、東京會舘で考案したのではなく、銀座のバー(発祥地とされる銀座のバーは既に閉店)での修行していた二十歳の頃に素早く提供出来るカクテルとして1956年に考案したとの事。


カクテル名もそのままジンとライムコーディアルを使用した事から「ジンライム 」と名付けたとの事で、馬田 様がおっしゃるには手抜きカクテルとして作ったものとの事(^^;)

当時はフレッシュなライムが無かったため、ライムの大きさすら解らず小さな丸い柑橘なのかと勝手に想像していたとかで、どんなフルーツかも知らなかったと言います。


馬田 様流のジン・ライムはドライ・ジン60ml、ライムコーディアル15mlのロックスタイル。

現在はカットライムが絞られ入れられます。

考案した1956年に、裏ジンライム的なカクテルも考案。

ジンライムを辛口ジンジャーエールで割った「ジン・バック(Gin Buck)」です。

初期のジン・バックはジン・ライムをソーダで割ったものであったそうです。

今回、当時のソーダスタイルも作って頂きました!



裏ジンライムからなのか、裏の"バック"をカクテル名に使い語呂良く"ジン・バック"と呼んだとの事。


雄鹿を意味するのBUCKから名付けた訳ではない様で、裏を意味するバックならスペルはBACKである。

後にソーダをジンジャーエールに変更し、雄鹿の様なキックのあるカクテルとしてBACKはBUCKに変わっていった様です。

馬田 様が考案した有名なカクテルにはベルモットの「ハーフ&ハーフ」もありました!

とにかくジンライムが詳しく解ってスッキリ致しました(^-^)

それと同時に悲報も。

ショットバー・サバンは、小岩駅前の再開発の影響で今年12月にお店が閉店予定だそうです。

またお身体もあまり良くない様子でした(>_<)

営業は午前3時までなのですが、現在午前1時半くらいに締めているそうです。

ご興味がある方は近々に是非、サバンに行って頂きたいです。

ショットバーサバン(SHOTBARSABANG)
東京都江戸川区南小岩6-31-8福島ビル 1F
日休

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